MOCHI cube® – 四角い大福が生まれた話(前編)

大福と聞けば多くの人は、丸みを帯びた柔らかそうな形状を思い浮かべるだろう。しかし、「大福? 四角でしょ」と答える人がいる地域があることを、あなたはご存知だろうか?
それがここ、鳥取県鳥取市である。
その”原因”となったのが、100年以上の歴史を持つ鳥取市の老舗和菓子店、宝月堂のMOCHI cube®。その名のとおり、四角い(cube)大福(MOCHI)。なぜ、伝統的な和菓子屋がこんな突飛な商品を生み出したのか。そしてなぜそれが地域に受け入れられ、浸透していったのか。5代目店主の佐々木稔郎氏に話を聞いた。—聞き手:文章/和多瀬 彰

鳥取宝月堂 MOCHI cube

和多瀬(以下、和):どうしてMOCHI cube®のようなユニークな商品が生まれたのか、今日はその話を聞かせてください。

宝月堂 5代目 佐々木稔郎(以下、佐):MOCHI cube®は、種類で言うと「生クリーム大福」という菓子なんです。僕が初めて食べたのは、東京で製菓の専門学校に通っていた時でした。「こんな美味しいお菓子があるのか」と驚きましたよ。

和:1996年頃、今から四半世紀前ですね。

佐:鳥取に帰ったらこんな菓子をつくりたいと思いましたね。

和:1998年に学校を卒業して、鳥取に帰ってきますよね。さあ「生クリーム大福をつくるぞ!」となったわけですか。

佐:実はそうはならなくて……。僕が東京から鳥取に帰ってきたのが、24才の時。若いこともあって、華やかな東京での暮らしと鳥取でのそれとのギャップにかなり苦しんだんです。「この店を継ぐという決断は正解だったんだろうか」と自問自答する日々で、いつも東京に戻りたいと思ってました。

和:東京は楽しい街ですからね。若者にとっては特に。

佐:加えて、家庭の事情で幼い頃から父親がいなかった僕の先代は祖父。50歳近く歳が離れていて、年代的には一つ間が抜けてるわけです。だから工場の設備も一世代古い。生クリーム大福をつくるどころの話ではなく、まずはその環境でできることをやっていくしかありませんでした。

和:いろいろと「現実」にブチ当たったわけですね。

佐:あの頃、休みの日はずっと部屋に引きこもってましたね。

民藝と茶席の上生菓子

和:何が動くキッカケになったんですか?

佐:当時、家具を中心に、ミッドセンチュリーという1950年前後のデザインが流行しはじめていて、その時代の日本で活躍していた柳宗理に注目が集まっていました。その流れから宗理の父であり民藝家である柳宗悦、全国の民藝などに注目分野が広がって、という時期でした。ご存知のように鳥取は民藝が盛な地域です。うちの店に「生姜せんべい」という菓子がありますが、これは鳥取の民藝の父と言われる吉田璋也先生が先代に指示し、昔から伝わる地域の駄菓子を、パッケージやデザインをプロデュースすることで贈答品にイノベーションしたものです。

和:ミッドセンチュリー、懐かしいです。イームズとか流行りました。

佐:それで雑誌やTVの取材が相次ぎました。


生姜せんべいが、民芸関連書籍「民芸おかし」の表紙に採用

佐:それにともなって「生姜せんべい」の需要が高まって仕事が増え、悩んでいる暇がなくなってきました。全行程が手作りで、かなり手のかかる作り方なんです。

佐:また、それまで祖父がやっていた、茶席に出す上生菓子の依頼も僕が対応するようになりました。

鳥取 宝月堂 茶席の上生菓子

鳥取 宝月堂 茶席の上生菓子

鳥取 宝月堂 茶席の上生菓子

鳥取 宝月堂 茶席の上生菓子

鳥取 宝月堂 茶席の上生菓子

鳥取 宝月堂 茶席の上生菓子

佐:季節やテーマに応じて素材や意匠を考えて、その茶席のためだけにつくる上生菓子です。二度と同じものはつくりません。

和:考える時間や手間ひまを考えると少し切ない気もしますね。

佐:その時、その場所でしか食べられない菓子というのは、手づくりならではだし、日本的な気もします。

和:僕のようにお茶に縁のない人間は、一生出会うことのない菓子ですね。どの和菓子屋さんも茶席の上生菓子をつくるんですか?

佐:どの和菓子屋さんもというわけではありませんし、茶席を任されるとなると、多くはないと思います。

和:専門的な知識や技術はもちろんですが、感性も重要な仕事ですよね。

自分のオリジナルを生み出しはじめる

和:鳥取に帰ってきてから佐々木さん自身が初めて考案したお菓子はなんですか?

佐:「いちごミルク大福」ですね。

佐:生クリーム大福に向けて動き出したいけれど、設備投資が必要。でもそのお金がない、既存の設備でなにかできるものはないか……。そう考えてつくったのが「いちごミルク大福」です。

和:すごく美しいですよね。当時、いちご大福自体は珍しくなかったですが、ふつうの餡が使われているものが多かったですよね。宝月堂のいちご大福は練乳入りのミルクあんが使われていて、見た目が美しい。茶席の上生菓子をつくっていた職人の感性、でしょうかね。

佐:どんな菓子をつくる時でも、やっぱり見た目にはすごく気を使いますよ。商品を包むパッケージも同じように考えてますが、経費をかけられないから商品ロゴやパッケージをデザイナーに依頼できない。仕方なく自分でやっていました。結局、今も多くのデザインを自分で考えたりしてますが(笑)。

和:え、これ、そうなんですか? プロの仕事だと思ってました。

佐:ありがたいことに、僕の帰郷後初のオリジナル商品である「いちごミルク大福」が売れて、動けば結果が出るんだと勇気が出ました。逆に言うと、動かなければ何も変わらない。そこで、本格的に「生クリーム大福」に向けて動き出すわけです。

和:いよいよ。

佐:でも、専用の機械・設備は全部揃えれば小さな家が建つほどかなり高価なものですから、必要な設備を一気に導入できるわけじゃありません。そこで、「生クリーム大福」をつくるために必要な設備をリストアップし、何を先に導入すればどんな新商品がつくれるかを検討しながら、順番に、一つずつ設備を導入していくことにしたんです。

和:設備が増えるたびに新商品が増え、最後は「生クリーム大福」をつくる環境が整う、というわけですね。

佐:そうです。宝月堂の「生クリーム大福」は冷凍で保存するので大型の冷凍庫が必要ですが、最初から冷凍庫だけつくっても保存するものがない(笑)。何を買えば何がつくれるのか。もちろん既存の設備とのシナジーも考えながら導入する順番を決めていったんです。

和:なるほど。最初に買ったのはどんな機械ですか?

佐:最初に導入したのは「ボックススチーマー」でした。これから生まれたのが「DORA」です。


DORA

和:うちの娘が大好きです(笑)。

佐:ありがとうございます(笑)。その後何年かして、包餡機を導入しました。これでつくったのが「砂の丘」です。

鳥取 宝月堂 砂の丘
鳥取 宝月堂 砂の丘(パッケージのイラストは店主 佐々木氏の描き下ろし)

鳥取 宝月堂 砂の丘

和:今では鳥取のお土産の定番ですよね。

佐:おかげさまでかなりヒットしました。ポケモンGOとのコラボ商品にも選定されたこともあって、当店では一番人気の商品になりましたね。

和:ボックススチーマーで餅を蒸し、包餡機で餡を包むわけですよね。あとは冷凍庫があれば「生クリーム大福」はつくれるわけですか?

佐:いえ、まだなんです。この2つに加えて、クリームを注入するポンプを導入して、やっと試作はできるようになりました。最終的に商品として販売するためには他にも設備を入れないといけませんが、「どんな生クリーム大福をつくるか」を、具体的に考えられるようになったわけです。でも、本当に大変なのはここからでした。

(後編に続く)


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